こんにちは、暖淡堂です。
平治物語絵巻断簡より「東国へ落ちゆく義朝の一行」
関東地方に住んでいると、坂東、武蔵、相模という呼び方を耳にしますね。
これらがなにに由来するものか、ご存じでしょうか。
「坂東」(ばんどう)の呼び方の由来
坂東は「坂よりも東」の意味であることは、すぐにわかりますね。
ただ坂といってもたくさんあります。
この坂東の坂は足柄坂。
今は足柄峠といわれているところです。
箱根の峠とともに、東海道の中の重要な拠点。
西側から攻め入ってくる場合には、ここの攻略が鍵になります。
足柄峠Wikipedia
「武蔵」(むさし)、「相模」(さがみ)の呼び方の由来
これには諸説あります。
そのうちの一つを紹介します。
日本が律令国家となる前(大化の改新前)、坂東の地、関東は「武射」(むさ)と呼ばれる地域でした。
この「武射」が二つに分けられ、京に近い方を「むさがみ」、京から遠い方を「むさしも」と呼び、これらが「さがみ=相模」、「むさし=武蔵」となりました。
この二つの地域は、相互に関係が深く、いずれにもその後の時代に活躍する有力な武士団が発生するなど、共通の特徴があります。
今回の記事は以下の書籍を参考にしました。
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坂東武者の活躍
平安時代の荘園支配に関連して発生した武士団。
その後の時代の中心になっていきますね。
彼らの残した足跡を、時々たどってみたいと思います。


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