行錄(20)「官不容針、私通車馬」(公には針をも通さずとも、裏では馬や車が勝手に通り抜けています)「臨済録」より

2023-07-22

古典 臨済録

臨済録原文全文と現代語訳

 

こんにちは、暖淡堂です。

「行錄」の20回目です。

臨済は鳳林のもとを訪れます。

その前に老婆とちょっとしたやり取りがあります。

それはどのようなものになったでしょうか。



臨済録の原文全文は以下のリンクからご確認ください。 

「喝!!」の声が戦乱と混沌の世に響いた 臨済の生きた時代


  

往鳳林。

師は鳳林に向かった。


路逢一婆。

途中の路で一人の婆と逢った。


婆問、甚處去。

婆は問うた、どこへ行かれるのか、と。


師云、鳳林去。

師は答えた、鳳林に行くところだ、と。


婆云、恰值鳳林不在。

婆は言った、ちょうど今鳳林和尚は不在ですよ、と。


師云、甚處去。

師は言った、どこに行っているのか、と。


婆便行。

婆は立ち去ろうとした。


師乃喚婆。

師は婆を呼んだ。


婆回頭。

婆は頭を回して振り返った。


師便打。

師はそこで打った。



到鳳林。

鳳林和尚のもとに至った。


林問、有事相借問、得麼。

鳳林和尚は問うた、ひとつ質問しようと思うが、よろしいか、と。


師云、何得剜肉作瘡。

師は言った、傷のない肌をわざわざ傷つけるようなもの、それでなにが得られましょう、と。


林云、海月澄無影、遊魚獨自迷。

鳳林和尚は言った、海の月は澄んで影無し、遊魚は独り自ら迷う、と。


師云、海月既無影、遊魚何得迷。

師は言った、海の月は既に影無し、遊魚なんぞ迷うことを得ん、と。


鳳林云、觀風知浪起、翫水野帆飄。

鳳林和尚が言った、風を観れば浪起こるを知り、水を翫(め)でれば野に帆翻る、と。


師云、孤輪獨照江山靜、自笑一聲天地驚。

師は言った、孤輪独り照らす江山は静か、自笑する一声は天地を驚かす、と。


林云、任將三寸輝天地、一句臨機試道看。

鳳林和尚は言った、三寸の舌先をもって天地を輝かせたとしても、一句の臨機で試みに言ってみよ、と。


師云、路逢劍客須呈劍、不是詩人莫獻詩。

師は言った、道に剣客に逢えば剣を見せよ、それが詩人でなければ詩を献ずるな、と。


鳳林便休。

鳳林和尚はそこで対話を止めた。


師乃有頌、大道絕同、任向西東、石火莫及、電光罔通。

師は頌を作った、大道は同じものがなく、自由に東西に向かい、石火もこれに及ばず、電光もその後を追い切れない、と。


溈山問仰山、石火莫及、電光罔通。

溈山は仰山に問うた、石火もこれに及ばず、電光もその後を追い切れない。


從上諸聖、將什麼為人。

そうであればこれまでの諸聖は、なにをもって人を教えたのだろうか、と。


仰山云、和尚意作麼生。

仰山は言った、和尚はどのように思いますか、と。


溈山云、但有言說、都無實義。

溈山は言った、ただ言説だけが有って、皆実際の意義などない、と。


仰山云、不然。

仰山は答えた、そうではないでしょう、と。


溈山云、子又作麼生。

溈山は言った、そなたはどう思う、と。


仰山云、官不容針、私通車馬。

仰山は言った、公には針をも通さずとも、裏では馬や車が勝手に通り抜けています、と。


 

溈山は、古人たちの教えは電光石火のようなもの、誰も追い切れないが、そもそもそんな言葉には意味などなかったのだ、と言います。

それに対し、仰山は言います、表向きには誰も通さないが、裏ではこっそりと馬も車も通り抜けています。

言葉の上での厳しさはあっても、通り抜ける術はあるものだ。

そう言っているように思えます。


*****


「臨済録」現代語訳は、全文の推敲を終えたら関連する地図、臨済の生きた時代の年表などと合わせて書籍にする予定です。

 

臨済録原文全文リンク

 

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